ことりっぷ・めぐる、・電気新聞に掲載されました
こんにちは。神山しずくプロジェクトの渡邉です。
夏至も過ぎ、いよいよ季節は夏。長期休業も終わりスタッフ全員が元気に業務を再開しています。みなさまのご理解とご協力のおかげで、それぞれが貴重な時間や経験を体験することができました。
気持ちも新たに、この一ヶ月で得たパワーや気付きをこれから還元していきたいと思います!

今週は今月リリースとなった3つの紙面をそれぞれご紹介いたします。
どれも私たちの伝えたいことをしっかりと丁寧に表現していただきました。ここからまた新たな広がりや、より深く知っていただける方と繋がれるのではとワクワクしています。

ことりっぷ マガジン 2022夏号
テーマは「水辺と森でアートなひととき」。
神山には1999年にはじまった国際的なアートプログラムがあります。招聘されたアーティストが約2ヶ月間の滞在中に、神山で得たインスピレーションを元に作品を生み出し、展覧します。
会期後の作品は町内でアーカイブされ、いくつかは町のどこかで常時展示され、神山の風景となっています。
そのなかでも、しずくの氏神さまである上一宮大粟神社がある大粟山には、たくさんの作品が設置されているため、いつでも森の中でのアートウォークが楽しめます。
そんな森のふもとにあるお店としてSHIZQ STOREを紹介いただきました。
帰宅後も旅の余韻を楽しめるグッズ、SHIZQのエッセンシャルオイルやカップなどを掲載いただいています。
ことりっぷHP

めぐる、2022年7-8月号
素顔のとくしま、紡ぐ物語 と冠する「めぐる、」は、郷土愛をテーマに市井の人々にスポットを当てた、今注目のローカル雑誌。
一冊まるごと特集記事である今回のテーマは「木と、暮らす」。
めくって早々、3つ目の読み物として載せていただいています。じつは紙面としては初めての、職人・藤本のインタビューです。
大阪出身の彼が20代後半で見つけた、神山しずくプロジェクトで杉を削るという仕事。師匠から技術を受け継ぎ6年目、製作のすべてを担いながら後輩職人の育成も行なっています。そんな彼がどんな気持ちで杉と向き合っているのか、端的にまとめていただいています。
7-8月号のもくじ
オンライン購入可能です

電気新聞 6月9日発刊のフルカラータブロイド紙
しずくの代表兼デザイナーである廣瀬が参加した対談の様子が載っています。
「サステナブルな島を目指して私たちがつくる四国の将来像」というテーマで四県の代表者が語り合っています。聞き手であり進行役を務めたのは、四国電力会長で四国経済連合会会長の佐伯氏。
次代の日本を先取りする「適度なサイズ感のサステナブルな島」を実現するため、各地にて事前にヒアリングや意見交換が行われたなかから選出されたそうです。
UターンやIターンなど土地との縁はそれぞれですが、「”風の時代”の経営に個を生かす地域づくり」と大きく見出しになっているのは、次の時代を担うとされた4人に共通するスタイルのようです。
しずくストアにて無料配布しています。

雨のしずくストアも好評です
梅雨入りはしたものの、まだ雨が少ない神山ですが、雨の日のストアもじつは結構人気です。高台からしっとりとした神山を眺めるのもまた風情があるそうです。お客さまも自然と少なくなるので、静かにゆっくりと過ごしたいオーナーさんは特に狙い目ですよ。
駐車場から店舗入口まで坂道ですので、お足元にはくれぐれもご注意くださいね。ご来店お待ちしています。
SHIZQ STORE詳細
父が残した山の理想と現実
2025年2月更新
こんにちは。神山しずくプロジェクトの渡邉です。
新緑の美しい季節となりました。人工林の多い神山では、”新緑のキミドリ色”と”常緑の深緑”のコントラストで、山の現状がわかりやすい時期。
広範囲にわたる深い緑の山々には、それぞれに持ち主と、かつてその木々を植えた誰かが存在するのです。
今回は移住者ばかりのしずくプロジェクトを初期から支えてくれている地元の外部メンバーが「山を持つこと、引き継ぐこと」について紹介します。
国土の3分の2が森林である日本では、意外と多い”山持ちさん”。
しかしながら、そうでない人にはなかなか知りえない世界を、垣間見せてもらいましょう。

こんにちは。神山しずくプロジェクトの起ち上げ時から折々にお手伝いしているライターのイマと申します。
徳島市在住ですが、神山町内には父の所有する山があります。
私がしずくと出会ったのは、その山がきっかけでした。
「山を持っている」というのは、縁のない方々からすると想像もつかない話だと聞き、
一例として、山を持つことの理想と現実の話をしたいと思います。

2012年、しずくと出会った
徳島県内のクリエイターが集まるイベントで、しずく代表の廣瀬さんが山の問題について話されているのを耳にし、父が持つ山の活用について相談したのがはじまりでした。
そもそも父の山については疑問があり、将来自分が引き継ぐことを考えた時に「実際、どうしたらいいの?せっかく持っている土地だけど役に立つの?」と、何の糸口もない状態でした。
というのも父の山といっても、登記はしているものの正確な位置がわからないのです。
鉛筆で線と数字が書かれただけの黄色くなった薄紙と、変色した登記簿があるだけでした。

1974年。父、山を買う
私の父が神山町の山を買ったのが昭和49年(1974年)のこと。
知り合いのつてを頼り、山肌の一部を購入しました。おそらく母は反対したと思うのですが、父は実行。購入後、父と母ときょうだいで見に行ったことはよく覚えています。その頃、私は9才でした。
そのときの写真をみると思いの外、軽装。気軽に行ける、整備された山道だったのでしょう。
父が「将来、この山の木で家を建てたらいい」と言っていたのをよく覚えています。
その頃は、戦後約30年。まだ国産材の価値は高く、父は山の木で子供たちの家を建てられる、という夢を抱いたのでしょう。
購入後、登記は行いましたが、その後、父が山を訪れることはなく、私はすっかり忘れていました。

2000年、山がわかる人の不在に気づく
私が大人になった頃、そろそろ山を見ようと、父は神山町へ出かけました。
しかし、父に山を売ってくれた人はすでに亡くなっていたのです!
その息子さんに聞いてみたところ「山のことは知らない」と。父の山を案内できる人はいなくなってしまったことに気づいたのです。父は自力で探そうと、何度か山へ入ってみたようですが、記憶はあいまい。あの薄紙に描かれた簡素な図では、見つけられないようでした。
2017年、いざ法務局へ
90才、老いていく父にもう一度山を見せたいと、2017年、私は法務局へ。
そこで手に入れた図面は、手元の地図とさほど変わらない本当にシンプルなものでした。法務局の担当者に話を聞くと、このあたりは明治時代の手書きのデータを読み込んだだけで、その後、測量などはされていないということでした。
それでもこの図面には、道路の記載があります。持っていた薄紙の地図よりはマシです。
いよいよ家族で山を探しに行くことになりました。

春、家族総出で山探し
2017年のゴールデンウィーク。父母、帰省した家族たちと一緒に神山町へ出発。
山の登り口さえわからないので、町の人に道を聞きながら進みます。まるで探偵ナイトスクープのよう、と笑いながら、なんとか山の入口付近へたどり着きました。
足取りの不安な父母は車に残し、残りの家族でそれと思われる場所を歩きますが、特に目印や標識などは見当たりません。
9歳の頃の記憶では下から登っていましたが、法務局の地図でわかった道は上からおりていくルート。
たしか大きな岩があったという記憶もありますが、それがどの岩なのか・・・。だれも覚えていませんでした。

夏、詳しい地図を手に入れた
2017年の夏、しずくのご縁で、神山町役場の山と詳しい方に知り合い、詳しい地図を手に入れることができました。各所有者の数字がびっしり書き込まれています。これならたどり着けそうという期待が高まります。
もし、山の場所が特定できて、木を切れるようなら、地元の木工所の職人さんに箱や椅子など、作ってもらおうかな?それを子や孫たちに配れたら素敵かも! という妄想を膨らませました。

秋、しずくの仲間と山へ
山日和の10月。いざ、新たに入手した詳しい地図を持って山へ。今度はしずくの金泉さんや渡邉さんにも見てもらいます。
父母から聞いた話では、土地の境界線に目印を付けるようお願いしていたそうですが、境と思われるような所に印は見つからず…。それでも、ついにおおよその位置がわかりました!!

しかし生えている木々といえば、ひょろひょろと細いものばかり。長年手入れがされていないので、充分に育つこともできなかったようです。
「残念ながらこの木は使えませんね。」とプロの声。隣接した道路もないため、もし木が太くても運び出せないとのことでした。
現実的に、この山の木は使えないということがわかりました。
その山は私に何をもたらしたか
皆さんを巻き込んでしまったのに残念な結果となった父の山。
あの山はなんの意味もないのだろうか? がっかりしながら山を下る車中、考えました。
こんなふうに一緒に山探しをしてくれるしずくの皆さんと出会えたことが、あの山の一番の功績かもしれない!私が山に興味を持つきっかけにもなった!
いつか父の孫やひ孫たちに、父の山を見せたいし、そこでコーヒーでも沸かして飲んでみたい。

2050年までに新たに最大47万ヘクタールの森林が「所有者不明」になるとの推計を国土交通省がまとめたという記事を見かけました。
そんな記事も山探しを体験したことでぐっと身近に感じられます。
私のような人が増えている現状は、今後どうしていくのがいいのでしょうか?
また森林に対して私にもできることはあるのでしょうか?
それを考える日々はまだまだ続きそうです。

2025年冬に続編を公開予定です。お楽しみに!
母の日特別ギフトパッケージご予約受付中!
5月5日(木)までのご注文で、5月8日(日)指定でお届け
誕生日でも記念日でもない母の日。
伝えたいのは、心からの感謝の気持ちです。
いつも照れ臭くて伝えられない「ありがとう。」をギフトに込めて。
毎年たくさんの方にご好評いただく母の日ギフト特別パッケージを、今年もご用意しました。

リラックスや安眠、疲労回復にオススメなSHIZQ SLEEPING FOREST エッセンシャルオイル&ディフューザーギフトセットを、オリジナルラッピングでお届けします。
できるだけナチュラルな素材でお包みし、本物の杉の葉を添えて、神山の空気と一緒にお届けいたします。(花粉はついていませんのでご心配なく^^)
母の日特別ギフトパッケージはこちら
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5月5日(木)までのご注文で、5月8日(日)指定でお届けします。
北海道・沖縄への発送は5月4日(水)までのご注文をお願いいたします。
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<寝室で使うとなぜいいの?>

杉の木部に多く含まれる成分セスキテルペンは、脈拍を下げ、睡眠時のような脳波になる効果があります。
覚醒しているときの交感神経優位からリラックス状態の副交感神経優位になることで、脳が緊張状態から解放され、鎮静状態へと促してくれます。
身体は疲れていても考え事が止まらず眠れない、なんていうときは、まさに交感神経優位の状態。
現代社会では、交感神経が刺激されることが多く、意識的にリラックス状態へ導くのが心身の健康に大切です。
さらに杉に多く含まれる成分であるセドロールには、誘眠効果があります。
眠りにつくまでの時間が短縮されることで睡眠時間が長くなるだけでなく、睡眠の質も向上します(効果には個人差があります)。
また、血圧を下げ心拍数を減らしたり、落ち着いた状態で居られるという研究もあり、日常的に活用したい成分です。
オイルとセットのオリジナルディフューザーは、電気や火を使用せず、寝室でも安心してお使いいただけます。
やさしい杉の木の香りは、日本人に馴染み深くどなたでもほっとするギフトに最適な香りです。
2022年ゴールデンウィーク営業と1ヶ月休業のお知らせ
こんにちは。神山しずくプロジェクトの渡邉です。
桜の次はつつじが咲き乱れ、次は藤の花が見頃を迎え季節のめぐりを感じます。
神山では花の種類ごとに名所があります。
どこもひっそりと時間をかけて大事に作られ「あそこ、すごいらしいよ?!」と、
にわかに噂になる頃には地域の方やボランティアが集い、交通整理やお接待など有志によって運営されています。

地域を想う気持ちと、ここで暮らす繋がりがあってこそ成立する奇跡。
神山にはそんな地元のパワーあふれる場所がいくつも点在しています。
隠れた名所に行くたびに「くり返しの毎日を豊かに生きる」とはどういうことなのかの好例を目の当たりにし、
自分の日々の過ごし方を振り返る時間にもなっています。
さて、早いもので新年度も下旬にさしかかり、来週からはゴールデンウィークですね。
GW中および、その後のスケジュールについてお知らせいたします。
2022年GW期間について
【SHIZQ STORE】
4月29日(祝金)〜5月8日(日)は、毎日営業します。
営業時間:10〜16時
※通常、定休日である5月2日(月)、3日(火)も営業いたします。
【オンラインストア】
通常通りご注文受付および発送いたします。
1ヶ月休業について
【SHIZQ STORE】
5月16日(月)〜6月14日(火)の間、休業させていただきます。
休業前最終営業日:5月15日(日)
休業明け営業日:6月15日(水)
【オンラインストア】
5月13日(金)までのご注文分について、通常通り発送
5月14日(土)以降のご注文分については、6月15日(水)より順次発送

今年も1ヶ月休業をいただきます
5/16(月)〜6/14(火)の間、スタッフ研修も兼ねてSHIZQ STORE&オンラインストアおよびその他業務を休止させていただきます。
お問合わせ等につきましても、6/15(水)以降のご回答とさせていただきます。
2018年から実験的に行っている休業期間。今年で早5回目です。
都会から田舎へ、働き方・生き方を変えてきた私たち。
日常になっていく生活を見直し、今ある時間を大切にする機会として設けています。
たくさんの方のご理解とご協力に感謝し、これからを作る大事な期間と考え、今年も実施させていただきます。
ご不便をおかけいたしますが、なにとぞご理解のほどお願い申し上げます。
【開店1周年】神山町内の方からの声
こんにちは。神山しずくプロジェクトの佐坂です。
ストアの玄関前にある桃の花が満開になりました。
冴えるピンク色を見ているとちょうど一年前の今日、SHIZQ STOREがオープンした日を思い出します。
澄み渡るような青空が広がる中、今までSHIZQを支えてくださった方や、応援してくださっている町内の方に囲まれながら、SHIZQ STOREはオープンしました。
今だから言えますが、実は開店30分前まで工事をしており、スタッフ全員ヒヤヒヤしておりました。
そんな中でしたが無事にオープンでき、お越しいただいた皆さまの顔を見てホッとしたことを覚えています。

あれから季節がひと巡り。店長という立場でお店を任されて本当にあっという間の1年でしたが、38年間生きてきた中で、最もたくさんの方と出会えた1年でした。
そんな中でも地元・神山町のお客様が仰ってくださった言葉は、私の中に奥深く残っています。
それはしずくプロジェクトが使い道を失った神山の杉に新しい価値を見出し、神山の水を守っていくプロジェクトだというのをお伝えしたときでした。
「本来なら地元の私たちがせなあかん事やのに、神山のためにありがとう」
神山の山や水のため、未来の子供たちに今ある自然を繋げるために始めたプロジェクト。
こんな形で地元の方からお礼のお言葉をいただけるとは、想像もつきませんでした。
あたたかい「ありがとう」がしずくの今までの道のり、そしてこれからの行く先を大きく包み込んでくれたようでなんだかとっても安心しました。

このような出来事が、私たちの原動力や糧になり、明日に繋がっていることは間違いなく、良い循環の中に身を置けていることに感謝の気持ちでいっぱいになります。
その他にも町民の方から、こんなお声もいただきました。
・利用価値がないと思っていた杉に、こんな活用法があるなんて眼から鱗だった。
・神山で生まれ育った両親の結婚記念に最高の贈り物になった。
・子どもや孫が帰省した時に、また連れてきたい。
・うちの山にも杉がたくさんあるから使ってほしい。
など、本当にありがたいお言葉ばかり。
このような嬉しいお言葉をいただけるようになったのは、これまで応援してくださってきた皆さまの存在あってこそです。
これからも神山、いや日本中の人が豊かな時間をこの先ずっと送れるように、そんな願いを更に込めてしずくの波紋を広げていきたいと思います。
ポッドキャスト番組でプレゼントキャンペーンを実施中!
2022.11.28追記
おかげさまでたくさんの”互助会のみなさん”からの反響をいただいています。大変ありがとうございます!!
こんにちは、主任の渡邉です。
すっかり春爛漫の神山。”神山しだれ桜”の名所として、たくさんの方々で賑わっています。

そんなタイミングで、じつは別の場所でも非日常的な盛り上がりが。
それは何と…人気ポッドキャスト番組「OVER THE SUN」。
こちらの番組内にて、今、SHIZQアロマのプレゼント企画が開催中です。
【OVER THE SUN(オーバー ザ サン)】
コラムニストのジェーン・スーとTBSアナウンサー・堀井美香がリスナーとともに語らいながら、〝太陽の向こう側〟を目指していく約30分のトークプログラム。
「JAPAN PODCAST AWARDS2020」においてベストパーソナリティー賞および「リスナーズ・チョイス」をダブル受賞した、人気のポッドキャスト番組。
毎週金曜日、午後5時配信。
【ポッドキャストとは】
インターネットを使って配信された音声や動画を、スマホやPC・タブレットなどで視聴できるサービス。

というのも、そもそもポッドキャストユーザーではなかった私。
去年の冬、SHIZQ立上げ時からお世話になっているクリエイターさんから偶然
「こんな面白いのがあって、息抜きになるよ~」と勧められ知りました。
40代後半の女性パーソナリティ2人と、その同世代を中心に幅広い層から送られてくる
メールで構成された、おばさんによるおばさんのための番組。
無料ながら好みの番組を聴くというポッドキャストの特性を存分に活かした内容で、
テレビやインターネットとはまた違った、ぐぐっと身近だけど心地よい距離感をもって展開されています。
SHIZQスタッフにも偶然リスナーがおり、すっかり毎週楽しませてもらっていたところ、
今回の企画に関する募集がありました。
・SHIZQの周りの女性たちがいつも元気をもらっていること。
・リスナーと番組との関わり方がとても温かく「善意で回る」感覚が、SHIZQのあり方とも重なり共感したこと。
・SHIZQで使う杉の樹齢と同じ年数を生きてきたメインリスナーの方々に、SHIZQのアロマで癒されてほしいと感じた。
そんな想いから応募に至り、偶然にも企画開催となりました。
女性だけでなく男性リスナーも増えているそう。
ご興味のある方はぜひEp.0から聴いてみてくださいね。
プレゼント内容
SLEEPING FOREST エッセンシャルオイル単品とRELAX MISTを
セットで10名様へ
応募方法は番組(Ep.78)をお聴きください。

川で育った私が、しずくに流れ着いたはなし
こんにちは。スタッフの藤田です。
神山も梅が咲きはじめ、春の気配を日々感じています。
私は現在、しずくプロジェクトを運営するデザイン会社で働いています。
今回は、私の生い立ちから、川と山にまつわる話をしたいと思います。

川の視点から、山々を見る。
吉野川に抱かれて育った幼少期
私は、徳島県西部の吉野川が悠々と流れる地域で育ちました。
小学6年生のとき親の勧めもあって、「川の学校」という川遊びを体験するキャンプに参加します。
そこは川で遊ぶ子ども=“川ガキ”を育てることを目的として、
吉野川の上流から下流まで1年かけてキャンプをする、少し変わったところでした。
私はここで全国から集まった子どもたちと一緒に、地元の川遊びの達人から、魚の獲り方やナイフの扱いを教わりました。

鮎喰川の魚たち。獲った魚は、命を無駄にしないよう大事に頂く。
キャンプの夜は、焚き火を囲んで、大人たちがむかしの話をしてくれます。
異国の川をカヌーで旅したこと、川の歴史や人との関わりなど、学校では教わってこなかった話がたくさん出ました。
川遊びを教えてくれた大人も、昔は同じ“川ガキ”。
私は彼らの影響を受けて育ちました。

2015年、鮎喰川にて。川遊びを教えてくれた野田知佑さん(右)とキャンプしたとき。(左が私)
川の人は、山を見ていた
学生時代は環境社会学を専攻し、自分が参加してきた野外教育をテーマに勉強しました。そこで見えてきたのは、かつて川遊びを教えてくれた大人たちが、川の未来を考える上で「山」に注目していたことです。
これまで、川の治水(=水害から人命や生活を守る事業)といえば、堤防やダムなどが主流でした。一方で、一部の専門家や市民を中心に、従来の治水技術だけに頼らないあり方が模索され始めます。
そのひとつが、「緑のダム」という概念です。「緑のダム」とは、森林が雨水を地中に蓄え、ゆっくりと流し出す機能を指して使われる言葉です。人工的なダムに頼らずとも自然本来の機能を信じ委ねる選択肢として注目されています。しかし現状では、治水計画に盛り込まれてはいません。それでも、山と川は切っても切り離せない関係であることを示しています。

夏の鮎喰川で泳ぐ。台風後は、川底が洗われて透明度が高くなる。
海外で気づいた、日本の川のすごさ
社会人になってから、驚いたことがあります。
それは、海外の水事情についてです。
私は、数年ほど東南アジアで暮らしていましたが、
現地の川は、経済発展の影響で水質汚染が進んでいました。

2017年ベトナムの首都・ハノイを流れるホン川にて。
コーヒー色の運河、川岸のゴミ、市街地の排水は悪臭が漂う始末。
水道水はお腹を壊すので、飲料水は買わなければなりませんでした。
今まで水に苦労したことがない私にとって、それはショックな出来事でした。
水質が良く、安心して水を飲める環境がどれほど豊かなことか、外に出て気づいたのです。
川は大地の血管
ここに、とても興味深い地図があります。

※2)引用元:https://j-town.net/2021/06/17323623.html?p=all
これは日本列島の川だけをなぞって作られたものです。私たちの暮らす島が、いかに多くの流域で形作られているかがわかります。
大地を身体と例えるなら、川は血管で、森は内臓でしょう。
川の水が減るということは、血管を流れる血の量が減るということです。
人は血液の量が減ると、顔が青白くなったり、目眩がしますよね。同じように、川の水が減ることは、大地そのものがやつれてしまう、というように捉えることもできます。
視点を変えると、当たり前の風景も、見え方が変わってきます。人工的な自治体の区分だけではなく、生態系のつながりや流域全体で捉えることが、自然とともに暮らす上で大事な視点だと感じています。
しずくで働くこと
日本に帰国後、ご縁あってしずくで働くようになりました。川で育った私にとって、この仕事に関わることは、感慨深いものです。
川の水量が多かった時代を、私は知りません。ただ、ひとつ思うのは、しずくの目指す未来を、私もまた見てみたいということです。

ベトナムに行く前、当時の同僚から餞別で貰ったしずくのタンブラー
しずくメンバーの中ではまだまだ新入りの私。
至らないこともありますが、一緒に働く人たちからたくさんの刺激と学びを頂きつつ、しずくと共に歩んで行きたいです。
(※1)森林の「緑のダム」機能の実態と将来展望 蔵治 光一郎
http://www.uf.a.u-tokyo.ac.jp/~kuraji/BR/data/JapanChinaWaterForum.pdf
(※2)https://j-town.net/2021/06/17323623.html?p=all
<追記>
2022年3月27日、カヌーイスト・作家の野田知佑さんが、84歳でお亡くなりになりました。
野田さんが校長を務めていた「川の学校」には、しずく代表・廣瀬の子どもたちや、スタッフの藤田が参加し、川遊びの魅力を教わりました。
また今年の1月には、BE-PALの「のんびり行こうぜ」という連載エッセイにてしずくの活動を取り上げて頂いたこともあり、突然の訃報に信じられない気持ちでいっぱいです。
世界中の川を旅した野田さんは、四国の川をとても気に入っていました。
「川を大事にするとはどういうことか」
野田さんの精神に今一度立ち返り、これからも歩んでいきたいと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
神山しずくプロジェクト一同
1年に1度の大仕事。SHIZQの材料調達
こんにちは。しずくスタッフの東條です。
神山では蝋梅に続き、桃や梅の花も咲きはじめ、春の足音を少しずつ感じる毎日です。
この冬、しずくチームは年に1度の大事な仕事「材料調達」を無事に終えました。
今年も安心して春を迎えられそうでホッとしています。
そんなわけで今回は、わたしたちの製品づくりで欠かせない「材料調達」についてお届けしたいと思います。

材料調達がしずくにとって年に1度の大事な仕事なのは、乾燥に1年半を要するからです。
未来を見据えて準備をしなければなりません。どの器をどれくらい作り、届けたいのか、しずくチームで話し合いを始めるのが10月中頃。その数から何本の杉の木が必要かが決まり、木を切る日取りを調整し、仕事が始まります。
この仕事は大きく「伐採」「製材」「割れ止め塗布」「収納・乾燥」と4つの工程に分かれます。

が、それぞれの工程の中にも大事な作業がいくつもあり、すべて合わせると15工程ほど…。
「伐採」では枝打ち、玉切り、山から製材所への運搬。「製材」では、木の皮に挟まった石を取り、大きな製材機械で丸太から角材へ、そして長尺材から短尺材へ順繰りに製材、パレットに積み倉庫へ…と、とにかく1つの工程だけでも大変な作業なのです。
大変だけれど、1つ1つの作業をみんなで考え、やりきることでSHIZQの器が生まれます。
伐採
立木はおよそ2tの重さ。はじめの伐採では、倒し方や倒す場所によって、その衝撃から木の内部が割れてしまうことも。そうなると器にはできないので、できるだけ自分たちで切り、現場に立ち会うことを大事にしています。
そんなわたしたちに立ち上げ当初から協力してくれるのは、金泉製材の金泉さん。

斜面に生えた木をどう倒すのが良いか。倒した木はどのように運び出すのか…。
木の命をいただくために、時には命の危険も伴う、「木を切る」ということ。現場に出ないと決して分からない重みと尊さ。
「しずくのために切らせていただきます」
そう言って、杉を切る金泉さんの姿に、ただ単に材料調達ではなく、自然とともに生きること、そして山から頂いたものを次へ繋ぐことを肌で学ぶ貴重な経験になっています。
製材
SHIZQの木取りは、一般的な方法とは全く異なる柾目(まさめ)取り。杉の赤白のツートンカラーを美しく活かすための特別な取り方です。切ってしまえば後戻りできない一発勝負。取り方を間違えれば価値が大きく変わってしまうため、事前の念入りな計画が必要です。
割れ止め塗布
製材後、1年半の乾燥の過程で木が収縮し割れるのを防ぐための割れ止めを行います。SHIZQの器は手に取るもの。少しの割れにも注意が必要です。割れが入りやすい面は丁寧に、1本1本ムラなく塗っていきます。この長さにして1本が約5kg、ようやく一人で持てる大きさです。これが約400本。並べるだけでも大変な力仕事です。
収納・乾燥

塗布部分が乾燥したら、乾きやすいように立ててパレットに収納し、1年半自然乾燥させます。建材では多少の割れは問題無く、人工的に一気に乾燥させることもありますが、SHIZQの器では自然のスピードに私たちが寄り添い、ゆっくりと木の状態を整えてあげます。
こうしてSHIZQの材料調達は終了です。
1年半の乾燥を終えた後、ろくろ職人によって器へと形を変えて行きます。
手に取っていただくまで長く大変な道のり。ですが、木を切るそんなはじめの作業から関わることはわたしたちにとって宝物のような経験です。自然のものを扱うことの有りがたさと難しさ。それを体験しているからこそ、みなさんに届けられるものがあると思っています。
ご自宅にあるSHIZQの器を手に取って、神山の山のことを思い馳せていただけたら嬉しいです。
過去のブログでは、より詳しく材料調達の模様をお届けしています。
「伐採編」は店長・佐坂、「製材編」は職人・藤本がそれぞれの視点でレポートしています。
こちらもぜひ読んでみてくださいね。
想いを繋ぐものづくり。《伐採編》
想いを繋ぐものづくり。《製材編》
現役大学生の僕がSHIZQの職人を目指した理由《後編》
こんにちは。神山しずくプロジェクトの佐坂です。
今日は節分ですね。節分という言葉には、「季節を分ける」という意味があるのだそう。
昔の日本では、春は一年のはじまりとされ、特に大切にされたようです。
そのため、春が始まる前の日、つまり冬と春を分ける日だけを節分と呼ぶようになったそうです。
そう考えるとなんだか明日は新しい気持ちで1日が始められそうな気がしますね。
今回は前回に引き続き、2021年9月に入社した職人見習いの鈴木くんのインタビューの後編をお届けします。
前編ではしずくとの出会いや、どうして職人になろうと思ったのか、木工職人について今感じていることなど、たっぷりな内容でお届けしました。
詰め込み過ぎていたかな・・と不安に思っていた矢先、「メルマガ・ブログを楽しく読ませていただきました。内容が充実していて、後編も楽しみにしています」と、激励のメールを送ってくださった方がいらっしゃり、とても嬉しく有り難かったです。
後編では、現役大学生でしずくに入ることをなぜ決めたのか、都会から移住してきて今の神山暮らしをどう感じているか、目指す人間像など、さらに核心に触れる内容になっております。
topics
・現役大学生でしずくに入った理由
・しずくに入社してみて見えたもの
・神山で暮らしてみて実感したこと
・伐採作業に立ち会って芽生えた覚悟
・目指す人間像
このインタビューが皆さまの何かを想うきっかけになることが出来たら嬉しいです。
前編はこちら
▶︎現役大学生でしずくに入った理由
ー しずくは職人募集を2021年にしていたので、鈴木くんは在学中のまましずくに入ってきたけど、そのことに対して躊躇は無かった?
卒業まで待って欲しいという選択肢は無かった?
初めてリモートで話した時、実は卒業まで待ってと説得しようかと考えました。というのも、大学を卒業してから引っ越して働き始めるのが普通だと思っていたからです。
でも、説得しようと色々理由をつけるよりも、自分の思い込みを変える方が遥かに簡単だと気付いてからは躊躇する気持ちは無くなりました。
「そもそも卒業まで待つ必要ある?」って自問したけど特に答えがありませんでした。
もし、もう一つのルートになっていたとしたら、今よりもっと多くの趣味のスプーンを削れていたかもしれないけど、毎日山の中を散策したりご近所さんに大工仕事を教えてもらうことはなかったはずです。
「大学生のうちにもっと遊んでおかなくてよかったの?」ってよく聞かれます。
もっと遊びたかったです、なので神山に来ました。
ー しっかり自分と向き合って出した答えは納得ができるし、そうする事で覚悟が持てるんだろうね。
師匠の藤本とお昼休憩に山を散策
▶︎しずくに入社してみて見えたもの
ー しずくに入社する前と、入社後のイメージって何か変わったところはある?
大きく変わったことはないです。
でも輪郭がもっと見えるようになったという意味では変わったかもしれない。
プライベートの時間も共有していく中で、メンバーの「人となり」が分かるようになったことが大きいです。
みんな特技とか趣味が豊富なので仕事に関わること以外も色々と教えてもらっています。
ー もうだいぶ馴染んでいるよね。初めは緊張してたかな?
特に緊張はしてなかったです。初めて会った日から一緒にご飯食べたりしていましたし、それだけ皆がオープンに接してくれたので。
ー すごいね。(笑)
「オープンさ」というのはすべてを話そうとすることではなくて、「偽らない」っていうことだと思うんです。
それって肌感覚で分かるので、大事な決め手でした。
20代を過ごす場所を決めることは、結構な一大決断でしたけど、迷いなくできたのはそういうところにあります。
ー それを肌で感じ取れて良かった。
はい。あと、モノづくりって結構アナログかなって思っていたんですけど、製作計画や他部門の仕事内容をオンラインで可視化できる仕組みがあって安心材料になりました。
また、一人一人の気持ちと意見が共有できる機会が定期的にある。
それは組織としてとても大事なことだと思います。
ー 可視化できるシステムは最初から完璧に出来ていた訳じゃないけど、東條(工房マネージャー)が構築していってくれて。新しいショップが出来たということもあって、SHIZQがどんどん一人歩きしないように、いろんな角度から誠意を持って向き合っていかないといけないというのがみんなの中であったんだと思うんだよね。
なるほどですね。今、藤本さんが製作に全集中して、僕がぐい呑みを削る練習ができているのも東條さんが全体を上手くマネジメントしてくれているからですね。
ー 役割がちゃんと分かっていることも安心材料のひとつだよね。販売担当で入社した私は、2020年のコロナ当初、少し不安になった時があって。お店もしばらく閉めることになり、自分の役割が分からなくなりそうな時期もあったけど、その時に、他のスタッフのお手伝いをやらせてもらって。みんなの役割が分かったり、しずく全体の事や、自分とも向き合えて、今思えばとても良い時間だったと思う。
しずくチームとお世話になっている金泉製材さんと
▶︎神山で暮らして実感したこと
ー 兵庫から移住してきて、4ヶ月だね。神山での暮らしはどう?居心地はいい?
めっちゃいいです。身体がめっちゃ元気です。
ー そんなに身体の調子悪かった?(笑)
悪かったわけじゃないんですけど(笑)
今住んでる家の周りは騒音が全くないし、湿潤な気候でとても快適です。引っ越して数日目の夜に空を見たら、天の川がくっきり見えて目を擦りました。生まれ育った地元は夜も明るかったので星が綺麗に見えるのが嬉しいです。
今の神山での暮らしを一言で表すなら「健康的」
ー 体調が良いのが移住してまず感じたこと?
第一印象はそうですね。
他には、人と会うことがとても増えました。
ー どういうきっかけで人に出会うの?
偶然の出会いが多い気がします。地域の集まりや散歩中とか、週末のSHIZQ STOREで大学生の友人ができたときは嬉しかった。
ー コミュニティ面で不安がある移住者も多いなかで、鈴木くんは早くから馴染んでいる感じだけど、どうやってコミュニケーションをとっていっているの?
移住する1日前に、僕に初めて英語を教えてくれた先生が「気持ちがあってはじめて縁は繋がるねんで」と教えてくれました。
僕は自分から「コンコン、友達になりましょう〜」という感じではないけれど、例えば、たまたま佐坂さんが誰かを紹介してくれた時などに「その人のことを知りたい、話したい」という気持ちがあって次に繋がっているのかなと思います。
なので自然と、色々な職業や年齢層、背景を持つ人達と知り合うことになります。
ー 資本となる身体が原動力となり、そこに気持ちが重なって、人付き合いも充実しているんだね。生活において不便はない?
最初はありました。今も探せば出てきます。(笑)
幸いなことに、自由に改修できる家を選べたので、地元の大工さんの知恵を借りたり、古材を再利用したりして少しずつ改装しています。
家は買うものだと思い込んでいましたが、作って直していけるものなんですね。

仲良くなった大工さんに小屋を建てるのを教えてもらっている様子
▶︎伐採作業に立ち会って芽生えた覚悟
ー 2021年末初めてしずくの伐採作業に立ち合ったんだよね。現場はどうだった?
大径木が倒れる振動を足裏から脳天まで全身で感じました。切る姿を見て、かっこいいと思ったし、林業を担う一員になれた気がしました。
ここに来るまで日本が抱えている林業の問題は少し知ってはいたけど、遠いことのようにしか思えなかった。それが今回の伐採を経験して、自分事として捉えられるようになりました。
伐採初日は寝付けなかったです。なんか脳内麻薬みたいなのが出ているのが分かって。(笑)伐採が終わった翌日の夕方5時くらい、工房で作業していると藤本さんが立ち上がってキョロキョロしていたんです。
そしたら「早めに終わるわ、鈴木くんも疲れていると思うよ」と言われたんですね。
それで「あ、自分疲れてるのか、休まな」と気づきました。
ー そのくらい山での2日間は非日常だったんだね。
はい。倒れた木を触ったらすごくしっとりしていて、こんなに水分を蓄えてるのかとビックリしました。香りも生っぽくて、薄皮をめくって食べたんです。そしたら樹液のせいか少し甘くて。
記念的な2日間でした。

しずくに来て初めての伐採作業
ー 伐採にいくと改めて杉の美しさを感じるよね。伐採したての赤と白の木目の美しさはすごい。食べたことはないけど(笑)命をいただいているっていうのをすごく感じる場でもあるよね。ひとつとして無駄にしてはいけないなって思うよね。
そうですよね、皮から葉っぱまで余すところなく使える。
なんだか年輪を見る目も変わりました。
ー どんな風に?
年輪って外からは見えないじゃないですか。木を切ったときにだけ見える。
なので木にとっては結構プライバシーなとこですよね。
ー たしかに(笑)
その木が辿ってきた歴史を見れるってすごい。それは僕たち人間にはない。自分の過去のことだって思い返せることはあるけど段々曖昧になっていく。
けれど、木の場合は年輪という形で確かに残っていて、その軌跡を刃物で順になぞっていく。
ー 年輪のことをそんな風に感じているって聞いたのは初めて。けど本当にそうだね。確かにここに何十年もいたことを教えてくれる。
そんな年輪を見ていると、50年前に一所懸命に杉を植えた人たちのことを思う時があります。「頼んだぞ」って想いながら植えていたのかもしれません。
「先祖が残してくれた木を丁寧に使うってどういうことなんやろう」って考えさせられます。
ー 伐採作業をしている金泉さん(しずく立ち上げ当初からお世話になっている自伐林業家の金泉裕幸さん)を間近で見て何か感じたことはある?
「林業は木切るだけと違うんよ、結構考えなダメで、アホではできません」とよく言っていました。ほとんどの木は急な斜面に立っているので、周りの木の位置や運びやすさを考えながら倒す方向を決めていました。
大陸国で見るような平坦で緩やかな森林と、高くて急な日本の山林とでは同じ林業でも意味が違う。現場で作業する人と監督が上手く連携してやる必要があるんだとわかりました。
金泉さんが大径木を切る前に手を合わせていたのも印象的でした。
ー 私も伐採に立ち会うといつも命懸けの作業だと感じる。器にも、作り手側の想いって入ると思うんだよね。その想いって手に取る人にも伝わると思う。
そうですね。お客さんがどんな風に感じるんだろうっていうのもキャッチしたいので、週末にまた店に遊びに行きたいと思います。
ー ぜひ!実際お客さんと話したら、より想いが込もった器が作れるようになると思うし、素晴らしい出会いもたくさんあると思うので。
▶︎目指す人間像
ー では最後の質問。鈴木くんはしずくにいて、神山にいて、これからどんなひとになりたいって思う?
〇〇さんみたいにって、具体的なモデルはないですけど、調和の取れた人がいいと思います。
目の前の今に没頭できる人でありながら、将来のことも自分から遠い範囲のことも考える余裕のある人。
僕が目指す職人像でもあるんですけど、例えばSHIZQの鶴シリーズのように、赤と白の部分、一見対極にある色をどちらも捨てずに両立させていること。
よく言う言葉だと「視野が広い」、包容力のある人とも言うのかな。そういう人間でありたいです。
ー 見える範囲が広いと選択肢も増えるよね。
そうだと思います。自分の意見を持ちながらも、反対派の意見を聞けて、その人が主張する権利をちゃんと守れる人。その上でまた考え直せる人。
ー 頑なにならずにね。
はい。木を扱う仕事はもちろん林業と密接に関係している。
政治も関わってくるし、色んな人の利害を想像していかないといけない中で、多分怒ったり葛藤することもあると思います。
そういうときにYesとNoの意見をどっちも踏まえて、自分が納得できる選択をしていきたいです。

SHIZQの鶴カップを持ちながら目指す人間像について語っています
ー たしかにすごく大切なことだね。気持ちって凝り偏ってきたりするから、年齢を重ねていくごとに。色んなものを守るために偏っていったり、それは自分も含めて。地元の方がお店に来てくれた時に「神山の山を綺麗にしてくれてありがとう」って言ってもらったことがあるんだけど、その時はびっくりしたし、感動した。こういう言葉をいただいたことは忘れてはいけないと思った。
それは嬉しいなぁ。僕もお店で偶然会った人から「地元で『食べれる森づくり』をテーマに計画していて、しずくの活動から刺激をもらった」と聞いた時はワクワクしたし、嬉しかった。全国各地で同じような動きがジワジワと広がっていってほしい。
どんな些細な仕事でも、どこのどの人に伝わるか分からないし、誰かの何かのきっかけになるかもしれない、と改めて思います。
ー 本当だね。これからも鈴木くんにエールを送り続けるし、100年後も神山の山や川が美しくあるよう、一緒にSHIZQを継続し、守っていきましょう。
いきましょう!
このインタビューを通してあらためて鈴木くんは賢明な人だと思いました。
どんなことにも興味を持って、知ること、学ぶことを心の底から楽しんでいる。
それをとてもナチュラルに且つ積極的に。
色んなところにアンテナを張って感じ取り、そしてその感じたものに対して「正直」に生きている。
私はしずくに来て2021年秋に丸2年が経ちました。
正直、最近は新しいことに挑戦することに臆病になっている自分がいました。
ですが、彼との対話が楽しみながらチャレンジするということを、思い出させてくれました。
3年目の今、日々を慈しみ、観察し、心動いたことを確かめながら、挑戦することを忘れずに過ごしていきたいと思います。

現役大学生の僕がSHIZQの職人を目指した理由《前編》
こんにちは。神山しずくプロジェクトの佐坂です。
2022年が始まって早くも1ヶ月ですね。年々、月日の流れの早さを感じますが、歳を重ねるごとに貴重だなぁと感じるようになった1日の限られた時間。あたりまえじゃないこの日常を日々大切に過ごしていきたいと思います。
そうして最近、そんな風に思う私の気持ちに拍車をかけてくれる存在がしずくに現れました。
昨年9月、職人見習いとして入社した、まだ現役大学四年生の鈴木くん。
しずくに仲間入りしてもうすぐ半年になる彼。
ふわふわのスポンジのように日々これでもかというぐらい吸収し、神山での暮らしも私たちの想像を超えて、満喫しまくっております。
鈴木くんは今楽しい?と聞いたら
「joyというよりpleasureです。」と答えた彼。
その答えに、今の彼の全ての気持ちがぎゅっと詰まっているような気がしました。

そんな鈴木くんがどうしてしずくを知ったのか、なぜしずくに入社を決めたのか、なぜ木工職人を目指すのかなど、今聞きたいことをすべて聞いてみました。
彼の中で伝えたい思いがたくさん込み上げ、当初考えていた倍のインタビュー内容になりました。
インタビューを終えたあとは、私自身、しずくのこと、自分のことを改めて見つめ直すようになっていました。
大袈裟かもしれませんが、今の自分の指針になるようなものでもあり、20代のあの頃や、入社した当時のこと、忘れかけていたものも取り戻させてくれる時間でもありました。
今回はそのうちの前編をご紹介。
topics
・育った環境
・どうしてしずくと出会ったのか
・ものづくりとの出会い
・しずくで働きたい気持ちが確信に変わったとき
・木工ろくろ職人について思うこと
誠心誠意、語ってくれた今の彼のリアルな気持ち。
覗いていただけたら嬉しいです。
▶︎育った環境
ー 鈴木くんはどんなところで育ったの?
僕が育ったのは下町です。子どもと学校が多くて、芸人みたいな友達がたくさんいました。これからどんどん人口が増えていく、都心へのアクセスが良いところです。
ー じゃあ職人さんも身近にいた?
いえ、いませんでした。特に伝統工芸品を作るような工場は身近にはなかったです。
ー そんな環境の中、子供の頃になりたい職業はあった?
1番最初は大工さんでした。めっちゃ小さい時に。
ー それはどうして?
7歳ぐらいのときに家を建てているのを見たんです。実家が新築を建てるタイミングで。そしたら家の骨組みだけの状態に人が登っていて、トントンしているところを見て、すごい!と思いました。
でも、その後は「これに向かって」っていう職業はイメージしていなかったです。
ー そうなんだね、じゃあ小中高の時になにか打ち込んだことってある?
中学校は水泳でした。高校は、当時だれもバッジを着けていなかった時にSDGsなどの国連関連の授業が多くありました。その学科に入るために高校を選んだんですけど、英語のスピーチや暗唱大会、ディベートっていう一個の論題に対して賛成か反対かチームで議論しあう、言葉のスポーツとも言われるんですけど、それを約一年半くらい取り組んでいて、クラスの有志でチームを組んで県や地方の大会に出ていました。楽しくて、真っ暗になって学校が閉まるまで練習していました。
ー 鈴木くんは英語が堪能だけど、そのときに語学力が身についた感じ?
語学力単体もあるし、言葉の選び方、意見の伝え方などが満遍なく、まったく無かったところから身についたと思います。
ー 自分を発表する場だし、誤解がないように伝えることも大切になってくるよね。
それはとても大切なことだし、10代半ばで学べて良かったと思います。
高校2年のときのスピーチ大会、題は「A Big Change Through English」
ー そこから大学に入って、大学で学んでいたことは何だったの?
大学の専攻は経営学で、その中でも一番好きだったのが統計学です。
ほかには、人の心理に関わる分野のクラスをよくとっていました。
ー 心理学みたいなことも学んでいたってこと?
授業はそこまで専門的ではなかったけど、書籍を読んだりしていて興味は尽きなかったです。
集団の心理とか自分の心理、統計学もそうだけど、なんで人は騙されるんだとか、どうやったら人は勘違いしてしまうのか、そういうことに興味がありました。
ー そういうことを学びながら、今も学び途中の大学生だけど、どうして木工ろくろに興味を持ったの?
実は木工ろくろについてはしずくを知るまで全く知らなかったです。それまでコップやお椀がどういう機械を使って作られているかさえも知らなかったです。
▶︎しずくを知ったきっかけ
ー じゃあどうしてしずくを知ったの?
しずくを知ったのは偶然、神山町の企業や事業を紹介している媒体をみて。
ー 神山町に興味を持って見たの?
当初は神山町も知らなかったです。たしか就職活動中の仕事探しの途中で知りました。
仕事探す時っていろんな角度があって。たとえば自分の向き不向きから探す人もいれば、業界研究といって業界別に見ていくっていう方法もある。
僕は住むところが大事という基準があって、場所探しから始めてたんですよ。森が近くて、空気が綺麗とか、いくつかの要素が自分の中でありました。これだけは絶対大事にしたいという条件でした。
「サテライトオフィス」や「里山」というキーワードで全国の山間地域を調べていたら神山町のことを特集している記事を見つけました。
様々な企業やプロジェクトが紹介されている中でしずくが目にとまりました。
「どういう環境に住むのか」「どういう人と働きたいか」「どのくらいの規模の仕事がしたいか」などの条件が当てはまったのがしずくだったんです。
木工品製作にも少し経験があったのも重なり、自分の中に一本の軸が通った感覚がありました。
そこからしずくのことをリサーチしていきました。
ー どうして住むとことろが大事だっていう基準があったの?
1回住み始めるとなかなか直ぐには移動できないし、環境から受ける影響って気づけない事も含めて結構たくさんあると思ったんです。だから、これは外せないって条件だけはちゃんと持って、暮らす場所を決めたかったんです。

▶︎ものづくりとの出会い
ー 木工製作したことがあると言っていたけど、いつどこで?
3年前の2018年に米国のワシントン州にある大学に留学していたとき、最後の学期で取った木工の授業です。
自分でモノを作りたいと思って。担当の教授と話して、今までの学生がどんな作品を作ってきたのか見せてもらいました。これは自分でも出来るかもと思い受講を決めました。
そのときに初めて自分のデザインしたものを、自分の手でなんとかして作ったという経験が自分の中で大きくて。
帰国してからも、木とモノ作りにどこかで関わって行きたいなと強く思っていました。
やっぱり楽しいしやめられなくて、ホームセンターで買った木でスプーンを削ったりしていました。
ー そのクラスでは何を作ったの?
スツールという背もたれのない高めの椅子を楓の一枚板から作りました。釘や接着剤を使わずに木を組んで接合する「ほぞ継ぎ」を学べて、授業では日本に古くからある木霊という概念について話し合ったりしました。この経験は原点だったと思います。
当時製作したスツール
▶︎しずくで働きたい気持ちが確信に変わったとき
ー そういうことが根本にあったらからしずくにも興味を持ってくれて、見つけてくれたんだね。その時はしずくは職人募集していた?
はい、でもその時は応募しようとはまだ決めなかったです。
まず会いたかった。どんな人たちが働いているか。ブログ等々も読みこんで顔が見える会社だとは思ったけど、実際に行けていないのは引っかかっていて。
なので、会いたいと思ってもらえるように「はじめまして」のメールを作って送りました。
返事があって、リモートで廣瀬さん(代表)と朋美さん(主任)と話をしました。そのときに運営者がどういう考えを持っているかなどが聞けて、目指しているビジョンがよりクッキリ見えました。
その後、訪問のために神山行きが決まり、工房とショップ、伐採をしている金泉さんの山を案内してもらいました。軽トラで結構高いところまで行って見渡した山脈の景色は色濃く記憶に残っています。
ー しずくの考え方で共感したところは?
水の保全を含めた山林環境全体を良くしていくというスケールの大きさを感じたときに、すごく意義を感じられる仕事だと思いました。
手に収まるサイズのものを作りながらも、自分たちが生きていられるよりも先のことを考えている。すごい広大な仕事だと思いました。
ー リモートでも対話して、実際に神山にきてみてここで働きたいという確信に変わった?
迷いはなかったです。職人候補に応募するという決断は、とても「正直な感じ」がしました。
これ以外にぴったりな言葉が見当たらないですけど(笑)
ー 不安要素はなかった?
木工ろくろの経験は全くなかったのでそこは少しありました。
ただ、それ以外の部分については、メンバーのみんなのオープンさもあって心配なところはありませんでした。
ー 同世代の大卒の一般的な進路とは結構違うけど、そこの不安はなかった?
全くなかったです。それはぼくが空気読めないからとかではなくて、周りの環境の影響が大きかったと思います。
「こういう大学を出たんだからこういう仕事をしなさい」と言ってくる人がほとんどいなかった。
同級生はオープンマインドな友達が多かったし、様々な職業をしている知人や親戚が国内外にいて、職業選択を自由に考えられていた。恵まれていたと思います。
ー いろんな選択肢があったんだね。
はい。でも、葛藤はしました。
金銭的な部分はもちろん大事だし、今まで親が僕の教育に投資してくれたコストが最大限活かされないかもしれないと考えたこともありました。
でも、それはいずれにせよ自分がどう繋げていくか次第だと思います。
▶︎木工ろくろ職人について
ー しずくに入社してもうすぐ半年になるけど、今改めて職人についてどう思う?
昔から職人に魅力を感じていました。いま藤本さんと彼の師匠の宮竹さんを見て、職人というのは職業ではなくて「生き方そのもののこと」なんだと思います。
藤本さんとは色んな話をするなかで「職人的な視点だなあ」と思うことがよくあります。
藤本さんは高い技術と集中力を持ち合わせているだけではなくて、塗装の職人・漆の職人・神山杉の山主など、しずくに関わる他の職人と連携していて、製品のスタートからゴールまで全体を想像しながら製作をしている。見えている範囲が練習生の僕とは違う。
ー 藤本くんは自分の立ち位置をしっかり見つめているよね。あと宮竹さんはよく身体の使い方について教えてくれると言ってたよね。
はじめて宮竹さんに会った時「一芸に秀でることは多芸に通ずる」ということを言っていました。筋肉の話、指と神経の関係など、身体の機能を基点にろくろの技術を説明していた様子は驚きでした。一つの対象を追求していくと抽象度が上がって他のあらゆる事との繋がりが見い出せるようになるのだと思います。なので例え話がとても上手いです。
ー 宮竹さんから学ぶことも多いんだね。
はい。ゆくゆくは分野の違う職人とも交流して学んでいきたい、これからの楽しみです。

宮竹さんの工房にて
ー 師匠の藤本くんを身近に見て何か感じた事はある?
思ったより遠いな、と。その人がしている難易度の高さや正確さを、修行を始めてやっと分かるようになりました。藤本さんが師匠でよかったと思う。
ー それはどうして?
いつも色々な話をするのが楽しいし、モノマネで笑かしたりもしてくれます。(笑)
また、絶妙なタイミングで助言をくれるんですね。
常に隣に立って見て、というのはないけど、それだからこそ自分で考えるべき所と教えを乞うべき所の境界が見えやすい。
技術的なことよりも、「こういうことがあった時、こう考えたら後々近道になる」という事を学んでいます。
技術的な事って分けたら細かいとこまで大量にあって、情報過多で頭がパンクしちゃいやすい。そんな中、藤本さんは「考え方や姿勢」を優先して最初の段階で教えてくれました。それは今僕が持ってる一番強い武器かもしれないです。
ー 例えばどんな内容がある?
これは刃物鍛治をしているときに教わったことで、「誰が何を言っていても、まずは目の前で起こっていることを、よく観察して自分の頭で考えること。」
握っている手に伝わる振動、聞こえる音、自分の色覚で見える炎の色。これらがおそらく唯一最も確からしいことですよね。取り扱い可能な範囲というか。
こういった事を基点にすると、最終的には間違っていたとしても「〜が大事だから〇〇に注意する」という風に自分で主体的に進められて、良し悪しの基準も見えやすくなると思います。
ー 初めの頃、私は商品の梱包を上手くできなくて。そんな時、彼に一度教えてもらっただけでできるようになったんだよね。人がどこに困っているのかを把握するのが早くて、教えるのが上手なんだと思うんだよね。
僕はたまに、説明が上手い人ってそれができなかった人なんだろうなって思う事があります。最初はできなかったけど試行錯誤して獲得した人は言葉で説明できる。
逆に初めからできる人は上手く言葉で言えない場合が多い。日本語を後から学習して身につけた外国人の方が助詞の説明が上手、、みたいな。
▶︎木工ろくろ職人の修行をはじめてみて
ー 木工ろくろの修行をはじめて苦しかったことはある?
苦しかったことはないけど、悔しいことは多々あります。週5であります。
削っているときに今日はこの一点に絞ってがんばろうとしてやっても出来なかった時とか、その1点に注意がいきすぎてあと一歩のところでミスして割れちゃった時とか。
3個削って、今回はうまくいったと思ってたら4個目でまったくうまくできなかった時に、たまたま木の条件がよかっただけだったことを知って勘違いしていた時とか。
それは悔しいですね。
ー 同じ杉でも材によって個体差があって全然違うんだよね。
はい。僕は杉以外の木をまだ削ったことがないけれど、杉の横目で自分で作った刃物でぐい呑みを練習していて、やっと個体間の違いが少しわかってきました。
きれいにできない時、刃物の当て方・切れ味か、または木の素材による違いかがようやく判別できるようになってきました。
まだどっちかわからないときもあります。
けれど悔しいから、なんでダメなんだろうって考えられるので、様々な失敗を修行中に重ねられるといいと思います。

師匠の藤本くんとしずくラボにて
ー そもそもスツール作りが一番のきっかけで木工に興味を持ったと言っていたけど、いざ木工ろくろをやってみてどう?スツール作りとは全然工程が違うよね。
同じ木工製作でも違う魅力を感じます。
なんでかなと思ったら、椅子の製作は組み立てる工程ですよね。バラバラの複数のパーツを計算して繋げて一個のモノに仕上げる工程。一方で、ろくろの場合は、一個の塊を減らして減らして完成させる。
削り始めたら2度と戻れない。ぽろっと落ちてもくっつけられない。刃物が食い込んで破裂したりもする。戻れないことに美しさを感じます。
ー じゃあ木工ろくろに触れたときも、スツール作りと同じような衝撃があったのかな?
そうですね、初めてSHIZQを訪れたときに、鶴カップでお茶をいただいたんです。飲んだ時に初めてカップに触れて「触っちゃった」て思いました。(笑)
飲みごごちは飲むまで分からないし、木のコップで何か飲んだこともなかったので「これはいい!」と思いました。
ー カップをみてこれを作る職人になりたいって思えたんだね。
はい。今、木工ろくろを練習していてすごくしっくりきています。
野球で例えると毎日打席が回ってきて、その中で何打数何安打できるか、みたいな。
あと、自分の道具をメンテナンスするということと、メンテナンスするべきかどうかチェックする手間をちゃんとかける。これはその人にしかできない、ちょっと面倒なわけですよ、こまめにチェックするというのは。けどこれを面倒くさがらずに癖づけていく、逐一きちんと確認していく。
そうしていたら速さは後からついてくる。これは宮竹さんから言われた言葉です。
今はもうほんとそればっかり考えています。じゃないと忘れてしまって蔑ろにしてしまいそうなので。そのことにも気が付けないのが一番怖い。
僕はそのプロセスがすごい好きなんです。今まで没頭できたこと全部に当てはまります。だからもしかしたら、木工ろくろじゃなくても良かったのかもしれない。。
「木工ろくろ職人になぜなろうと思ったんですか?」って聞かれたときありますけど、そこからではないんです。
たとえばしずくがろくろ以外のものを使って杉製品を作っていても、同じようなプロセスがそこにあったとしたら、僕はそれをやりたいと思っていたはずです。
自分で試行錯誤して自分で考えて、上達していけるような「何か」に興味があったのだと思います。
ー 打率をどんどん上げていくプロセスが好きなんだね。
打率は例えですけど(笑)でもその瞬間ってやっぱり気持ちいいですよね。満足感もあるし、達成感もある。
ー 鈴木くんって、何やっても、どの職業でも楽しめるかもね。
それを見出せたらですけど、そこまでやらせてもらえない仕事の方が多いかもしれないかもって感じがする。
ー そういうスタンスがある人は、一緒に働いていて必ず伝わると思うから任せてもらえり、チャンスをくれると思うな。
藤本さんは木工ろくろに絞って、しかも杉を削りたいと決めて来ているからそういう人には敵わないと思う所もあります。
ー そうだね、そして藤本くんは、しずくの職人第一人者で、だれもまだ歩いてない道を踏み固めていったのは本当にすごいね。
突進力があってすごい。あ、でも掃除好きは負けないです(笑)
僕、きれい好きというよりは整頓が好きで、自分が集中できる環境も結構自分で分かっていて。刃物作りはもちろん、道具類も身の回りのものを近くにある材料で作る。そうしたら自分らしいものが出来あがる。遊び心も含めて、自分がかっこいいと思えるものを作れる。
そういうのをどんどん増やしていったら仕事のモチベーションが保てて道具にも愛着が湧きます。

しずくラボにて代表廣瀬と、スタッフの東條と
ー そうだね、それによって毎日気持ちよく仕事ができるよね。効率よく。とくにラボは危険も伴う作業も多い分、整理整頓はすごく大切だね。日々忙しくて時間に追われてしまっているけど、掃除できていないことにより作業効率が落ちたりするんだったら、半日だけでも掃除するって決めてしてしまった方が、実は効率よく仕事もできるのかもしれないね。
そうだと思います。掃除って、その場所を好きになる上で一番手っ取り早い毎日できることだと思うんですよね。僕たちは小学校、中学校のときから自分たちが使う場所を自分たちで掃除する。
米国だと学校でcustodianって言われる管理人が掃除をして、自分たちで掃除するのが習慣じゃなかったりする。習慣は思想にも直結してると思うんですね。
水泳部だったときも毎日練習が終わったらプールに礼をして「ありがとう」と言う。大会の会場は選手全員で掃除をして帰る。泳ぐ時間よりも掃除時間の方が長い。
プールはなにも返事はしてくれないけど、場所やものに対する敬意というか、、
今になって意味があったなと思います。
これからもちょっと違った形で自分の仕事に意味を重ねていきたい。
それは些細なことだけど、「ものを作る」人として大事なことだと思います。
前編はここまで。後編ではしずくに入社して改めて感じたこと、そして都会から神山へ移住した彼の今の気持ちなどをお伝えしたいと思います。
前編でもそうですが、彼の想いを大切し、ありのままの言葉を後編でもお届けしたいと思っております。
楽しみにお待ちいただけますと嬉しいです。
▼後編topics:2/3(木)配信予定
・しずくに入社してみて
・神山での暮らし
・どういう職人になりたいか
・伐採作業に立ち会って芽生えた覚悟