神山の青年が見てきた、鮎喰川の昔と今
2026年7月30日

右が敬典さん、左は歩美さん
こんにちは、神山しずくプロジェクトです。
こちらは、しずくの器を持つ人(しずくオーナー)を訪ね、彼らの暮らしを紹介した 「しずくの器と人と」ご縁を通じた贈りものの続編になります。
今回取材したのは、moja houseを運営する北山歩美さんと敬典さん。
moja houseは神山町小野にある古民家ゲストハウスで、お遍路さんをはじめさまざまな方が滞在し、リピーターの方も多く、神山町内でも人気の宿です。
宿をおもに切り盛りしているのは歩美さんで、敬典さんはふだんお勤めにでています。
敬典さんは神山町出身で、大学卒業後に地元で就職しました。
そんな敬典さんはまるで、川で生まれて海に出た後に、再び生まれ育った川に戻ってくる「鮎」のような存在です。
そんな敬典さんから色々とお話を伺っていく中で、神山町の中心を流れる「鮎喰川(あくいがわ)」の昔の姿についてふと、知ることになりました。
敬典さん「小学生のときは学校にプールがあったんですけど、中学の水泳の時間は担任の先生の意向か、鮎喰川に行ってたんですよね。つい近年まで神山中学校の水泳学習は鮎喰川へ行っていたようで、僕たちの頃と変わらず人気の授業だったみたいです。
僕が通学で歩いてた大埜地の橋には、昔は釣り人がたくさんいました。ブームもあったと思うけど、6月頃になると釣り人がずらっと並んでみんな鮎の友釣りをしてたんですよね。」
今から30年ほど前の鮎喰川では、鮎釣り解禁日前日になると釣り人が河原でキャンプして一晩過ごして、朝一から釣りをしていたそう。
敬典さん「お年寄りがいうような『(昔に比べて)川の水が減った』みたいなことは、僕が子供の時と比較してもそんなに実感がわかないのが正直なところ。でもよく考えると、鮎の量は減ったし、多分ここ数年はずっと伏流して(地表を流れる川の水が、ある区間だけ地下を流れる現象)川が切れるところが結構ありましたよね。そうなると天然の鮎は遡上できず、いなくなる。昔だと鮎が上がってきてた、ということはもっと水があったんですよ。」
敬典さんのお父さんが若かりし頃の写真を見せてくださいました。
1974年頃に、架け替え前の大埜地橋をバックに撮影されたもの。現在の様子と比べると、川の左右が草むらになっていて、水域が減り陸地化したことが分かります。ご年配の方によると、浄化槽の導入により下水処理された水が川に流されるようになり、ヨシガヤ(葦)という大型の植物が育ちやすくなって景色も変わったそうです。

1974年(左)と2026年(右)。敬典さんのお父さんが腰掛けている大岩は見つからず、写真左側は竹藪に、右手は「神山まるごと高専」の学生寮が建てられています。
また、別の思い出話も聞かせてくれました。
敬典さん「あと、子供の頃に寄井にあるJAのガソリンスタンドの向かいの川で溺れた記憶があるんですよ。子供の時の鮎喰川では溺れるぐらいの水かさがあったのと、今みたいにずっと溜まってる沼みたいな状態じゃなかった。そう思うと、やっぱり水量が減ってるんだと思う。
8月下旬にやる灯籠流しの時に整地されるんやけど、去年は整地されたまま1年間変わらなかった。台風時のような大水があれば、そういった地形も自然と消えるはずなのに。」
また敬典さんには、「台風後の増水も、少し前までは1週間くらい増水が続いていて、川遊びに行くときに「もう行けるかな?」と気にしていたけど、最近では2、3日で引くことが多い」という実感もあります。
雨水が一気に流れるようになったことは、同じ川でも昔と今でずいぶんと様子が変わってきているのが伺えます。

こちらはmoja houseからほど近い河原。羨ましくなるような日常のワンシーン!
moja houseの看板鳥であるアヒルやガチョウを泳がせにも行くので、川の様子は普段からよく見られているそう。ちなみに、アヒルたちはやっぱり川遊びが大好きで、遊び終わった後に、「もう帰るよ」って言ってもなかなか言うこと聞かないから、捕まえるのが大変だとか。
敬典さんは、私たちが開催する「水源涵養力を育む環境改善ワークショップ」にも参加してくれました。
敬典さん「アヒルやガチョウを飼いだしたんで水が要るでしょ。今は水道で賄ってるんですけど、裏山を整備して水を引けるようになりたいなと思って。昔はmoja houseの裏からも山水が引けていました。当時はその水を洗い物とかに使ってましたが、2年くらい前から出なくなってます。水がたくさんあったらやっぱりアヒルたちは喜ぶし、宿のお客さんも喜ぶし、僕たちも水道代減るのはリアルに助かるんで。」

敬典さん「ワークショップには個人的な興味と、ワークショップ会場が仕事で担当している地籍調査の調査対象地だったこともあり参加しました。
moja houseの裏山から引いていた山水が出なくなった時期に、水鳥のアヒルとガチョウを家族として迎えたので、水がまた引けるようになったらいいなとは思っていました。でも、裏山は山が深いわけでもなく、放置された杉林を整備してもあまり山水は増えないんじゃないか、と思っていました。
ちょうど、ワークショップの現場の裏山もmoja houseの裏山と似た地形だったので、効果がどれほどあるんだろう?と興味がありました。ワークショップ後、作った水路を見ると確かに水が少しずつ流れていて効果はあるんだな〜と感心しました。moja houseではまだ実施できていないので、早く実施して水道代を節約したいという気持ちだけは焦っています。
今の仕事は外勤が多く、調査をしていると水道が敷設されていない家もたくさん見かけます。水道がない家は、近くにある谷の川から引いているのをよく見かけるのですが、寒波の時は凍ったり、台風の後はホースが外れたり詰まっていないかの点検が必要だったりと大変そうな印象でした。
ワークショップの現場は谷水を直接引くのではなく、地下湧水を浅井戸で貯めて使う形態でした。井戸へ流れ込む水を増やすための「せせらぎ」は、もともと家の裏にあったコンクリート製のU字排水溝を撤去し、代わりに藁や石を敷き詰めたもので、作るのは大変でしたが、家のすぐ近くなので施工後の管理は楽そうでした。川や沢が近くになくてもいいし、管理においても、山間部で暮らす新しい形を見た気がします。
水道から出る水もすべて山や川を経由しています。一人一人が少しづつ山や水に目を向けて行けば少しづつ水量も回復していくと思うので、自分も自宅の薪ストーブのために山から木を調達して間伐を進めたり、出来ることをやっていこうと思いました。」
昔も今も、変わらず鮎喰川を見てきた敬典さんだからこそのお話しを伺うことができました。貴重なエピソード、ありがとうございました!
神山しずくプロジェクトでも、昔に比べて川の水が減ってきているという問題意識から、川本来の姿を取り戻すために、「杉を使う」活動を展開してきました。それは森と水の循環にもう一度目を向けるための、小さなきっかけづくりだと考えています。
SHIZQは、これからの豊かさを模索しながら、次世代へつながるものづくりと活動を続けていきます。
今後も、神山の山や川にまつわるエピソードをご紹介していけたらと思いますので、どうぞお楽しみに!




