現役大学生の僕がSHIZQの職人を目指した理由《前編》

こんにちは。神山しずくプロジェクトの佐坂です。

2022年が始まって早くも1ヶ月ですね。年々、月日の流れの早さを感じますが、歳を重ねるごとに貴重だなぁと感じるようになった1日の限られた時間。あたりまえじゃないこの日常を日々大切に過ごしていきたいと思います。

そうして最近、そんな風に思う私の気持ちに拍車をかけてくれる存在がしずくに現れました。

昨年9月、職人見習いとして入社した、まだ現役大学四年生の鈴木くん

しずくに仲間入りしてもうすぐ半年になる彼。

ふわふわのスポンジのように日々これでもかというぐらい吸収し、神山での暮らしも私たちの想像を超えて、満喫しまくっております。

鈴木くんは今楽しい?と聞いたら

joyというよりpleasureです。」と答えた彼。

その答えに、今の彼の全ての気持ちがぎゅっと詰まっているような気がしました。

 

コップを削る作業

そんな鈴木くんがどうしてしずくを知ったのか、なぜしずくに入社を決めたのか、なぜ木工職人を目指すのかなど、今聞きたいことをすべて聞いてみました。

彼の中で伝えたい思いがたくさん込み上げ、当初考えていた倍のインタビュー内容になりました。
インタビューを終えたあとは、私自身、しずくのこと、自分のことを改めて見つめ直すようになっていました。

大袈裟かもしれませんが、今の自分の指針になるようなものでもあり、20代のあの頃や、入社した当時のこと、忘れかけていたものも取り戻させてくれる時間でもありました。

今回はそのうちの前編をご紹介。

topics

・育った環境
・どうしてしずくと出会ったのか
・ものづくりとの出会い
・しずくで働きたい気持ちが確信に変わったとき
・木工ろくろ職人について思うこと

誠心誠意、語ってくれた今の彼のリアルな気持ち。
覗いていただけたら嬉しいです。


▶︎育った環境

ー 鈴木くんはどんなところで育ったの?

僕が育ったのは下町です。子どもと学校が多くて、芸人みたいな友達がたくさんいました。これからどんどん人口が増えていく、都心へのアクセスが良いところです。

ー じゃあ職人さんも身近にいた?

いえ、いませんでした。特に伝統工芸品を作るような工場は身近にはなかったです。

ー そんな環境の中、子供の頃になりたい職業はあった?

1番最初は大工さんでした。めっちゃ小さい時に。

ー それはどうして?

7歳ぐらいのときに家を建てているのを見たんです。実家が新築を建てるタイミングで。そしたら家の骨組みだけの状態に人が登っていて、トントンしているところを見て、すごい!と思いました。

でも、その後は「これに向かって」っていう職業はイメージしていなかったです。

ー そうなんだね、じゃあ小中高の時になにか打ち込んだことってある?

中学校は水泳でした。高校は、当時だれもバッジを着けていなかった時にSDGsなどの国連関連の授業が多くありました。その学科に入るために高校を選んだんですけど、英語のスピーチや暗唱大会、ディベートっていう一個の論題に対して賛成か反対かチームで議論しあう、言葉のスポーツとも言われるんですけど、それを約一年半くらい取り組んでいて、クラスの有志でチームを組んで県や地方の大会に出ていました。楽しくて、真っ暗になって学校が閉まるまで練習していました。

ー 鈴木くんは英語が堪能だけど、そのときに語学力が身についた感じ?

語学力単体もあるし、言葉の選び方、意見の伝え方などが満遍なく、まったく無かったところから身についたと思います。

ー 自分を発表する場だし、誤解がないように伝えることも大切になってくるよね。

それはとても大切なことだし、10代半ばで学べて良かったと思います。

 

高校生の時のスピーチの大会高校2年のときのスピーチ大会、題は「A Big Change Through English」

ー そこから大学に入って、大学で学んでいたことは何だったの?

大学の専攻は経営学で、その中でも一番好きだったのが統計学です。
ほかには、人の心理に関わる分野のクラスをよくとっていました。

ー 心理学みたいなことも学んでいたってこと?

授業はそこまで専門的ではなかったけど、書籍を読んだりしていて興味は尽きなかったです。

集団の心理とか自分の心理、統計学もそうだけど、なんで人は騙されるんだとか、どうやったら人は勘違いしてしまうのか、そういうことに興味がありました。

ー そういうことを学びながら、今も学び途中の大学生だけど、どうして木工ろくろに興味を持ったの?

実は木工ろくろについてはしずくを知るまで全く知らなかったです。それまでコップやお椀がどういう機械を使って作られているかさえも知らなかったです。

▶︎しずくを知ったきっかけ

ー じゃあどうしてしずくを知ったの?

しずくを知ったのは偶然、神山町の企業や事業を紹介している媒体をみて。

ー 神山町に興味を持って見たの?

当初は神山町も知らなかったです。たしか就職活動中の仕事探しの途中で知りました。

仕事探す時っていろんな角度があって。たとえば自分の向き不向きから探す人もいれば、業界研究といって業界別に見ていくっていう方法もある。

僕は住むところが大事という基準があって、場所探しから始めてたんですよ。森が近くて、空気が綺麗とか、いくつかの要素が自分の中でありました。これだけは絶対大事にしたいという条件でした。

「サテライトオフィス」や「里山」というキーワードで全国の山間地域を調べていたら神山町のことを特集している記事を見つけました。
様々な企業やプロジェクトが紹介されている中でしずくが目にとまりました。
「どういう環境に住むのか」「どういう人と働きたいか」「どのくらいの規模の仕事がしたいか」などの条件が当てはまったのがしずくだったんです。

木工品製作にも少し経験があったのも重なり、自分の中に一本の軸が通った感覚がありました。

そこからしずくのことをリサーチしていきました。

ー どうして住むとことろが大事だっていう基準があったの?

1回住み始めるとなかなか直ぐには移動できないし、環境から受ける影響って気づけない事も含めて結構たくさんあると思ったんです。だから、これは外せないって条件だけはちゃんと持って、暮らす場所を決めたかったんです。

 

自然を見ている

▶︎ものづくりとの出会い

ー 木工製作したことがあると言っていたけど、いつどこで?

3年前の2018年に米国のワシントン州にある大学に留学していたとき、最後の学期で取った木工の授業です。

自分でモノを作りたいと思って。担当の教授と話して、今までの学生がどんな作品を作ってきたのか見せてもらいました。これは自分でも出来るかもと思い受講を決めました。

そのときに初めて自分のデザインしたものを、自分の手でなんとかして作ったという経験が自分の中で大きくて。
帰国してからも、木とモノ作りにどこかで関わって行きたいなと強く思っていました。
やっぱり楽しいしやめられなくて、ホームセンターで買った木でスプーンを削ったりしていました。

ー そのクラスでは何を作ったの?

スツールという背もたれのない高めの椅子を楓の一枚板から作りました。釘や接着剤を使わずに木を組んで接合する「ほぞ継ぎ」を学べて、授業では日本に古くからある木霊という概念について話し合ったりしました。この経験は原点だったと思います。

手作りのスツール当時製作したスツール


▶︎しずくで働きたい気持ちが確信に変わったとき

ー そういうことが根本にあったらからしずくにも興味を持ってくれて、見つけてくれたんだね。その時はしずくは職人募集していた?

はい、でもその時は応募しようとはまだ決めなかったです。

まず会いたかった。どんな人たちが働いているか。ブログ等々も読みこんで顔が見える会社だとは思ったけど、実際に行けていないのは引っかかっていて。

なので、会いたいと思ってもらえるように「はじめまして」のメールを作って送りました。

返事があって、リモートで廣瀬さん(代表)と朋美さん(主任)と話をしました。そのときに運営者がどういう考えを持っているかなどが聞けて、目指しているビジョンがよりクッキリ見えました。

その後、訪問のために神山行きが決まり、工房とショップ、伐採をしている金泉さんの山を案内してもらいました。軽トラで結構高いところまで行って見渡した山脈の景色は色濃く記憶に残っています。

ー しずくの考え方で共感したところは?

水の保全を含めた山林環境全体を良くしていくというスケールの大きさを感じたときに、すごく意義を感じられる仕事だと思いました。

手に収まるサイズのものを作りながらも、自分たちが生きていられるよりも先のことを考えている。すごい広大な仕事だと思いました。

ー リモートでも対話して、実際に神山にきてみてここで働きたいという確信に変わった?

迷いはなかったです。職人候補に応募するという決断は、とても「正直な感じ」がしました。
これ以外にぴったりな言葉が見当たらないですけど(笑)

ー 不安要素はなかった?

木工ろくろの経験は全くなかったのでそこは少しありました。
ただ、それ以外の部分については、メンバーのみんなのオープンさもあって心配なところはありませんでした。

ー 同世代の大卒の一般的な進路とは結構違うけど、そこの不安はなかった?

全くなかったです。それはぼくが空気読めないからとかではなくて、周りの環境の影響が大きかったと思います。
「こういう大学を出たんだからこういう仕事をしなさい」と言ってくる人がほとんどいなかった。
同級生はオープンマインドな友達が多かったし、様々な職業をしている知人や親戚が国内外にいて、職業選択を自由に考えられていた。恵まれていたと思います。

ー いろんな選択肢があったんだね。

はい。でも、葛藤はしました。
金銭的な部分はもちろん大事だし、今まで親が僕の教育に投資してくれたコストが最大限活かされないかもしれないと考えたこともありました。

でも、それはいずれにせよ自分がどう繋げていくか次第だと思います。

 

▶︎木工ろくろ職人について

ー しずくに入社してもうすぐ半年になるけど、今改めて職人についてどう思う?

昔から職人に魅力を感じていました。いま藤本さんと彼の師匠の宮竹さんを見て、職人というのは職業ではなくて「生き方そのもののこと」なんだと思います。

藤本さんとは色んな話をするなかで「職人的な視点だなあ」と思うことがよくあります。

藤本さんは高い技術と集中力を持ち合わせているだけではなくて、塗装の職人・漆の職人・神山杉の山主など、しずくに関わる他の職人と連携していて、製品のスタートからゴールまで全体を想像しながら製作をしている。見えている範囲が練習生の僕とは違う。

ー 藤本くんは自分の立ち位置をしっかり見つめているよね。あと宮竹さんはよく身体の使い方について教えてくれると言ってたよね。

はじめて宮竹さんに会った時「一芸に秀でることは多芸に通ずる」ということを言っていました。筋肉の話、指と神経の関係など、身体の機能を基点にろくろの技術を説明していた様子は驚きでした。一つの対象を追求していくと抽象度が上がって他のあらゆる事との繋がりが見い出せるようになるのだと思います。なので例え話がとても上手いです。

ー 宮竹さんから学ぶことも多いんだね。

はい。ゆくゆくは分野の違う職人とも交流して学んでいきたい、これからの楽しみです。

若者と職人
宮竹さんの工房にて


ー 師匠の藤本くんを身近に見て何か感じた事はある?

思ったより遠いな、と。その人がしている難易度の高さや正確さを、修行を始めてやっと分かるようになりました。藤本さんが師匠でよかったと思う。

ー それはどうして?

いつも色々な話をするのが楽しいし、モノマネで笑かしたりもしてくれます。(笑)
また、絶妙なタイミングで助言をくれるんですね。
常に隣に立って見て、というのはないけど、それだからこそ自分で考えるべき所と教えを乞うべき所の境界が見えやすい。

技術的なことよりも、「こういうことがあった時、こう考えたら後々近道になる」という事を学んでいます。

技術的な事って分けたら細かいとこまで大量にあって、情報過多で頭がパンクしちゃいやすい。そんな中、藤本さんは「考え方や姿勢」を優先して最初の段階で教えてくれました。それは今僕が持ってる一番強い武器かもしれないです。

ー 例えばどんな内容がある?

これは刃物鍛治をしているときに教わったことで、「誰が何を言っていても、まずは目の前で起こっていることを、よく観察して自分の頭で考えること。」

握っている手に伝わる振動、聞こえる音、自分の色覚で見える炎の色。これらがおそらく唯一最も確からしいことですよね。取り扱い可能な範囲というか。

こういった事を基点にすると、最終的には間違っていたとしても「〜が大事だから〇〇に注意する」という風に自分で主体的に進められて、良し悪しの基準も見えやすくなると思います。

ー 初めの頃、私は商品の梱包を上手くできなくて。そんな時、彼に一度教えてもらっただけでできるようになったんだよね。人がどこに困っているのかを把握するのが早くて、教えるのが上手なんだと思うんだよね。

僕はたまに、説明が上手い人ってそれができなかった人なんだろうなって思う事があります。最初はできなかったけど試行錯誤して獲得した人は言葉で説明できる。
逆に初めからできる人は上手く言葉で言えない場合が多い。日本語を後から学習して身につけた外国人の方が助詞の説明が上手、、みたいな。 

▶︎木工ろくろ職人の修行をはじめてみて

ー 木工ろくろの修行をはじめて苦しかったことはある?

苦しかったことはないけど、悔しいことは多々あります。週5であります。

削っているときに今日はこの一点に絞ってがんばろうとしてやっても出来なかった時とか、その1点に注意がいきすぎてあと一歩のところでミスして割れちゃった時とか。
3個削って、今回はうまくいったと思ってたら4個目でまったくうまくできなかった時に、たまたま木の条件がよかっただけだったことを知って勘違いしていた時とか。

それは悔しいですね。

ー 同じ杉でも材によって個体差があって全然違うんだよね。

はい。僕は杉以外の木をまだ削ったことがないけれど、杉の横目で自分で作った刃物でぐい呑みを練習していて、やっと個体間の違いが少しわかってきました。

きれいにできない時、刃物の当て方・切れ味か、または木の素材による違いかがようやく判別できるようになってきました。

まだどっちかわからないときもあります。

けれど悔しいから、なんでダメなんだろうって考えられるので、様々な失敗を修行中に重ねられるといいと思います。

 

師匠と弟子
師匠の藤本くんとしずくラボにて


ー そもそもスツール作りが一番のきっかけで木工に興味を持ったと言っていたけど、いざ木工ろくろをやってみてどう?スツール作りとは全然工程が違うよね。

同じ木工製作でも違う魅力を感じます。
なんでかなと思ったら、椅子の製作は組み立てる工程ですよね。バラバラの複数のパーツを計算して繋げて一個のモノに仕上げる工程。一方で、ろくろの場合は、一個の塊を減らして減らして完成させる。

削り始めたら2度と戻れない。ぽろっと落ちてもくっつけられない。刃物が食い込んで破裂したりもする。戻れないことに美しさを感じます。

ー じゃあ木工ろくろに触れたときも、スツール作りと同じような衝撃があったのかな?

そうですね、初めてSHIZQを訪れたときに、鶴カップでお茶をいただいたんです。飲んだ時に初めてカップに触れて「触っちゃった」て思いました。(笑)

飲みごごちは飲むまで分からないし、木のコップで何か飲んだこともなかったので「これはいい!」と思いました。

ー カップをみてこれを作る職人になりたいって思えたんだね。

はい。今、木工ろくろを練習していてすごくしっくりきています。

野球で例えると毎日打席が回ってきて、その中で何打数何安打できるか、みたいな。

あと、自分の道具をメンテナンスするということと、メンテナンスするべきかどうかチェックする手間をちゃんとかける。これはその人にしかできない、ちょっと面倒なわけですよ、こまめにチェックするというのは。けどこれを面倒くさがらずに癖づけていく、逐一きちんと確認していく。
そうしていたら速さは後からついてくる。これは宮竹さんから言われた言葉です。

今はもうほんとそればっかり考えています。じゃないと忘れてしまって蔑ろにしてしまいそうなので。そのことにも気が付けないのが一番怖い。

僕はそのプロセスがすごい好きなんです。今まで没頭できたこと全部に当てはまります。だからもしかしたら、木工ろくろじゃなくても良かったのかもしれない。。

「木工ろくろ職人になぜなろうと思ったんですか?」って聞かれたときありますけど、そこからではないんです。

たとえばしずくがろくろ以外のものを使って杉製品を作っていても、同じようなプロセスがそこにあったとしたら、僕はそれをやりたいと思っていたはずです。

自分で試行錯誤して自分で考えて、上達していけるような「何か」に興味があったのだと思います。

ー 打率をどんどん上げていくプロセスが好きなんだね。

打率は例えですけど(笑)でもその瞬間ってやっぱり気持ちいいですよね。満足感もあるし、達成感もある。

ー 鈴木くんって、何やっても、どの職業でも楽しめるかもね。

それを見出せたらですけど、そこまでやらせてもらえない仕事の方が多いかもしれないかもって感じがする。

ー そういうスタンスがある人は、一緒に働いていて必ず伝わると思うから任せてもらえり、チャンスをくれると思うな。

藤本さんは木工ろくろに絞って、しかも杉を削りたいと決めて来ているからそういう人には敵わないと思う所もあります。

ー そうだね、そして藤本くんは、しずくの職人第一人者で、だれもまだ歩いてない道を踏み固めていったのは本当にすごいね。

突進力があってすごい。あ、でも掃除好きは負けないです(笑)

僕、きれい好きというよりは整頓が好きで、自分が集中できる環境も結構自分で分かっていて。刃物作りはもちろん、道具類も身の回りのものを近くにある材料で作る。そうしたら自分らしいものが出来あがる。遊び心も含めて、自分がかっこいいと思えるものを作れる。

そういうのをどんどん増やしていったら仕事のモチベーションが保てて道具にも愛着が湧きます。


しずくラボにて代表廣瀬と、スタッフの東條と

ー そうだね、それによって毎日気持ちよく仕事ができるよね。効率よく。とくにラボは危険も伴う作業も多い分、整理整頓はすごく大切だね。日々忙しくて時間に追われてしまっているけど、掃除できていないことにより作業効率が落ちたりするんだったら、半日だけでも掃除するって決めてしてしまった方が、実は効率よく仕事もできるのかもしれないね。

そうだと思います。掃除って、その場所を好きになる上で一番手っ取り早い毎日できることだと思うんですよね。僕たちは小学校、中学校のときから自分たちが使う場所を自分たちで掃除する。

米国だと学校でcustodianって言われる管理人が掃除をして、自分たちで掃除するのが習慣じゃなかったりする。習慣は思想にも直結してると思うんですね。

水泳部だったときも毎日練習が終わったらプールに礼をして「ありがとう」と言う。大会の会場は選手全員で掃除をして帰る。泳ぐ時間よりも掃除時間の方が長い。

プールはなにも返事はしてくれないけど、場所やものに対する敬意というか、、
今になって意味があったなと思います。

これからもちょっと違った形で自分の仕事に意味を重ねていきたい。
それは些細なことだけど、「ものを作る」人として大事なことだと思います。


 

前編はここまで。後編ではしずくに入社して改めて感じたこと、そして都会から神山へ移住した彼の今の気持ちなどをお伝えしたいと思います。
前編でもそうですが、彼の想いを大切し、ありのままの言葉を後編でもお届けしたいと思っております。
楽しみにお待ちいただけますと嬉しいです。

▼後編topics:2/3(木)配信予定

・しずくに入社してみて
・神山での暮らし
・どういう職人になりたいか
・伐採作業に立ち会って芽生えた覚悟